「耳」と聞くと、外から見える部分(正式には「耳介」と呼びます)を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。しかし、外耳から脳に至るまでの聴覚の仕組み全体を見渡してみると、目に見える部分は、聞こえを支える機能のほんの一部にすぎないことが分かります。
耳は大きく「外耳」「中耳」「内耳」の3つに分けられ、音は次のような経路をたどって脳に伝わります。
①耳介で集められた音は、②外耳道を通って③鼓膜に届き、機械的な振動に変わります。その振動は、中耳にある④耳小骨(小さな骨の連なり)を動かして増幅され、内耳へと送られます。内耳の⑤蝸牛に届くと、内部の有毛細胞が刺激を受け、振動が電気信号に変換されます。この電気信号が⑥聴神経を通って脳に伝わり、はじめて言葉や音楽として認識されるのです。
外耳は、耳介と外耳道で構成されています。耳介に音を集める働き(集音効果)があることは比較的よく知られていますが、実は外耳道(耳あな)にも「外耳道共鳴」と呼ばれる音を増幅する効果があります。
外耳道は、片方が鼓膜で塞がれた「一端が閉じた管」になっているため、特定の周波数で共鳴が起こります。空き瓶の口に息を吹きかけると「ボー」という音が鳴ることがありますが、これと似た現象です。ただし、もちろん耳から音が出ているわけではなく、外から入ってきた音が外耳道のなかで増幅される、という意味です。
外耳道は成人で約2.5〜3cmの長さがあり、この共鳴によって、2000〜3000Hz付近にピークを持つ増幅が生じます。とくに2700Hz付近では、およそ15dBもの音圧が増幅されます。なお、乳幼児では外耳道が成人よりも短いため、共鳴のピークはより高い周波数に現れます。
この共鳴効果のおかげで、会話や日常の音に多く含まれる中〜高い周波数の成分が鼓膜にしっかりと届き、私たちは音をクリアに聞き取ることができています。
ところが、補聴器を装用すると、外耳道に補聴器本体や耳栓(イヤチップ)を挿入することになるため、本来の共鳴増幅が妨げられてしまいます。これを「インサーションロス(挿入損失)」と呼びます。外耳道共鳴やインサーションロスを考慮せずに補聴器を調整してしまうと、音質に違和感が生じたり、会話の聞き取りに悪影響をおよぼすことがあります。
そこで重要になるのが「実耳測定(REM:Real Ear Measurement)」と呼ばれる検査です。これは外耳道のなかに細いプローブマイクを挿入し、鼓膜のすぐ手前で実際の音響特性を測定する方法で、外耳道共鳴やインサーションロスを正確に把握したうえで、お一人おひとりの耳に合わせた精密な補聴器調整を行うことができます。
あまり知られていない耳垢そうじのおはなし
意外と知られていないことですが、耳垢は外耳道の自浄作用によって、自然に外へ排出される仕組みになっています。さらに耳垢には、細菌などから外耳道を守る役割もあるため、基本的に耳垢そうじは必要ないと考えられています。
日本耳鼻咽喉科学会静岡県地方部会が作成した動画「耳のそうじは本当に必要なの?」で外耳道の自浄作用が分かりやすく紹介されています。
とはいえ、「習慣的に耳垢そうじをしないと気が済まない」という方も多いのではないでしょうか。どうしても耳垢そうじをしたいという方は、綿棒や柔らかいタオルなどで、外耳道の入り口付近の耳垢だけをそっと取り除くようにしてください。
「もっと奥まで綿棒を入れないと物足りない」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、無理に奥まで掃除をしようとすると、かえって耳垢を奥へ押し込んでしまったり、外耳道や鼓膜を傷つけてしまう可能性があり、大変危険です。
ご自分での耳垢そうじに不安を感じる方は、耳鼻科で除去してもらうのがおすすめです。「耳垢そうじくらいで耳鼻科を受診するのは気が引ける…」と感じるかもしれませんが、耳垢除去は保険診療でも認められている正式な医療行為です。たかが耳垢と思わず、とくに耳のかゆみ・痛み・聞こえにくさを感じたら、早めに耳鼻咽喉科を受診しましょう。
中耳は、鼓膜・耳小骨・耳管などで構成されています。
■ 鼓膜
中耳の入り口にあるのが、非常に薄い膜である「鼓膜」です。健康な鼓膜は薄い灰色や淡いピンク色をしており、耳鏡で観察すると光が反射する部分(光錐:こうすい)を見ることができます。
■ 耳小骨と耳小骨連鎖
耳小骨は、「ツチ骨」「キヌタ骨」「アブミ骨」という3つの小さな骨で構成されています。この3つの骨が連動して音を内耳に伝える仕組みを「耳小骨連鎖」と呼び、この連鎖を通じて音はさらに増幅されます。なお、アブミ骨は人体のなかでもっとも小さな骨として知られています。
■ 中耳にある2つの増幅メカニズム
少し専門的な話になりますが、耳小骨連鎖には、音を増幅するための重要な2つのメカニズムがあります。
テコ比:ツチ骨とキヌタ骨のあいだで「てこの原理」が働き、振動が約1.31倍に増幅されます。これはdBに換算すると、約2dBに相当します。
面積比:鼓膜の面積と、アブミ骨の足板(あぶみ底面の部分)の面積比は約17倍。これにより、音のエネルギーは約25.5dB増幅されます。
これら2つの効果を合わせると、音は中耳で合計約27.5dB(音圧で約20倍)まで増幅され、内耳へと伝わります。
■ なぜ中耳で音を増幅する必要があるのか?
ここで重要になるのが、「そもそも、なぜ中耳で音を増幅する必要があるのか?」という疑問です。
じつは、音を外耳から直接内耳に伝えようとすると、内耳を満たしているリンパ液が音のエネルギーの約99.9%を反射してしまいます。これは、空気とリンパ液(液体)のあいだに大きなインピーダンス(音の伝わりやすさの差)があるためです。
身近な例でいえば、プールに潜ったとき、水中で聞こえる音がぼんやりとこもって感じられることがあります。これは、空気中の音波が水のような液体に直接伝わるとき、ほとんどのエネルギーが水面で跳ね返されてしまうためです。
この約99.9%の損失は、音圧レベルでいうと約30dBの減少に相当します。つまり、もし中耳がなければ、外から入ってくる音は内耳に届くまでに約30dBも小さくなってしまうのです。
そこで活躍するのが、耳小骨連鎖による約27.5dBの増幅です。中耳は空気と液体という性質の違う媒体のあいだに立ち、両者の「音の伝わりやすさのギャップ」をうまく橋渡しする役割を果たしているのです。これを専門的には「中耳インピーダンス整合(インピーダンスマッチング)」と呼びます。
耳が「ツーン」とするのは何故?
高い山に登ったときや、飛行機に乗ったときに、耳が塞がったように感じた経験はありませんか?これは「耳管」の圧力調整機能がうまく働かないことが原因です。
耳管は、中耳(鼓室)と鼻の奥(咽頭)をつなぐ細い管です。普段は閉じていますが、唾を飲み込んだり、あくびをしたりといった嚥下(えんげ)運動のたびに一瞬開いて、中耳のなかの気圧を外の気圧と同じに保つ仕組みになっています。
一時的な耳閉感(耳が塞がった感じ)は、唾を飲み込んだり、鼻をつまんで軽く息を送り込む「耳抜き」をすることで、ほとんどの場合は解消されます。
しかし、加齢や鼻炎、長引く風邪などによって耳管の機能が低下すると、平常時でも耳が塞がれたような違和感が続いたり、自分の声がふだんと違って聞こえたりといった症状が現れる場合があります。
このような症状が長引く場合は、耳鼻咽喉科を受診することをおすすめします。
内耳は、三半規管・前庭・蝸牛(かぎゅう)などで構成されています。内耳には、「音を電気信号に変換する」役割と、「平衡感覚(バランス)をつかさどる」役割という、大きく2つの重要な機能があります。
■ 蝸牛のしくみ
中耳で増幅された音の振動は、卵円窓(前庭窓)を通って内耳の蝸牛に入ります。蝸牛は、音の振動を電気信号に変換する精密な器官です。
蝸牛のなかは、「前庭階」「中央階(蝸牛管)」「鼓室階」という3つの層に分かれており、それぞれリンパ液で満たされています。これらの層を仕切っているのが、上側の「ライスネル膜」と下側の「基底板(基底膜)」です。
基底板の上には「コルチ器」と呼ばれる構造があり、ここに音を感じ取るための感覚細胞「有毛細胞」が並んでいます。コルチ器の上には「蓋膜(がいまく)」がかぶさるように位置しており、振動が伝わると基底板と蓋膜のあいだで微細なズレが生じ、これが有毛細胞を刺激する仕組みになっています。
■ 内有毛細胞と外有毛細胞 ───── 分業によって支えられる聞こえ
有毛細胞には、約3,500個の「内有毛細胞」と、約12,000個の「外有毛細胞」の2種類があり、それぞれ異なる役割を担っています。
外有毛細胞:音の微細な振動を能動的に増幅する役割(蝸牛増幅作用)
内有毛細胞:振動を電気信号に変換し、らせん神経節を経て脳へと信号を送る役割
外有毛細胞が音を増幅し、内有毛細胞がそれを脳に伝える——この分業によって、私たちは小さな音から大きな音まで、幅広い音を聞き分けることができています。
■ ピアノの鍵盤のような周波数の配置
有毛細胞はピアノの鍵盤のように、蝸牛の入り口から頂点に向かって規則正しく並んでおり、場所によって反応する音の高さが決まっています。
蝸牛の入り口側:高い音(高周波)に反応
蝸牛の頂点側 :低い音(低周波)に反応
加齢性難聴では、蝸牛の入り口に近い有毛細胞から損傷が始まるため、高い周波数の音から徐々に聞こえにくくなっていくとされています。
なお、蝸牛のなかには「血管条(けっかんじょう)」と呼ばれる組織もあり、リンパ液のイオンバランスや電気的な環境を整える重要な役割を担っています。これは、いわば「聞こえの土台」を支える縁の下の力持ちのような存在です。
■ 平衡感覚(バランス)をつかさどる三半規管と前庭
内耳のもう一つの重要な役割は、「平衡感覚(バランス)」です。
三半規管は、頭の動きをキャッチする高性能なセンサーで、3つの異なる半規管(前半規管・後半規管・外側半規管)で構成されています。それぞれが頭の回転や傾きを別々の方向から感知します。管のなかにはリンパ液が満たされており、頭を動かすとこの液体も一緒に動き、その流れによって体の動きを感じ取る仕組みになっています。
前庭は、重力や直線的な加速度を感知する場所です。たとえばエレベーターに乗ったときの浮遊感や、体が傾いたときに感じる感覚は、この前庭の働きによるものです。前庭のなかには「耳石(じせき)」と呼ばれる小さな結晶があり、重力や加速度によってこの耳石が動くことで、私たちは自分の姿勢や体の動きを正確に把握できているのです。
内耳の蝸牛(かぎゅう)の構造
蝸牛の断面図とコルチ器の拡大図
耳鳴りは脳の興奮が原因
耳鳴りに悩まされている方は意外と多く、世界の人口のうち約15〜20%の方に症状が現れるとされています。とくに年齢とともに聴力が低下すると耳鳴りが起こりやすくなり、65歳以上では30%以上の方が耳鳴りに悩まされているといわれています。
そもそも、耳鳴りはなぜ起こるのでしょうか。
耳鳴りが発生するメカニズムについては、まだ完全には解明されていません。しかし、最近の医学的研究では、難聴にともなう耳鳴りは「脳が興奮していること」が原因だと考えられるようになってきました。
これはどういうことかというと ーー
難聴によって、耳から脳へ届くはずの音の信号が弱くなると、脳は「もっとよく聞き取ろう」として、聴覚をつかさどる神経の感度を上げ、興奮した状態になります。この過剰な興奮こそが、耳鳴りを発生させる正体だと考えられているのです。